深紅に染まりしはの籠










第五十二話




軽く手を上げて穏やかに話し掛ける。

「こんな時間にお散歩かい?」
「こ・・・これは」

菊代は一歩後退るとグリューラの手を握った。
自分より大きな掌は汗ばんでいて冷たくて震えていたが、肌が触れ合えば微かな安堵を齎す。

「駄目じゃないか、娘は部屋から一歩も出してはならないと言っておいた筈だがね?」

肩を竦めこちらに歩み寄る姿は今の状況にあまりに似つかわしくなく・・・恐怖をかきたてる。

「っ!聖女様!!お逃げください!!」
扉を開け、菊代を逃がそうとその背を押す。
しかし、恐怖で身が竦み、唯でさえ少ない体力を消費していた菊代は足が縺れ転んでしまう。
立ち上がろうとしても体が固まって思うように動かない。
もたもたしているとグリューラの叫び声が聞こえた。

振り返った先に見たのはクェルが膝をつき、グリューラを片手で抱き上げた場面。
立ち上がると微笑んだまま菊代に近づく。

菊代は恐怖で慄くだけで体がまったく動かない。

あまりの恐怖で呼吸が乱れすっはっはっはっと厭らしい音が響く。


あと少しだったのに。


白い光が視界に瞬き瞬き胸が苦しい。




「い・・・ひっ!」

立ち上がろうとする前に足首を掴まれてずるずるとそのまま引き摺られる。


「い・・・いたっ!・・・いたいっ!」
「2人にはおしおきが必要だね」
「いやっ!いやぁあああ!」
地面に爪を食い込ませたり、木や植物に捕まり抵抗を図るが呆気なく引きづられ、両脇が細い柱だけの回廊に上がり室内に戻る。
足首がもげるのではと思うほどの力で引っ張られては手を離す他無いだろう。


引き摺られたまま角や扉に頭をぶつける。
気がついた頃にはあの階段を下りていて、顎や膝を打ちながら降りてゆく。


「いやああああ!!!やああああああああああ!!!」

地下への階段は声が響き、倍もの声量に聞こえる。

「おしおきだね」

地下室に戻ると菊代を投げ捨て、扉の鍵を閉める。
がたがたと震える菊代を愛おしそうに見やるとグリューラを奥のほうに連れてゆく。


「ふむ、これはやはりさび付いてるな。新調しなくては」
金属音を響かせながらぐったりとしているグリューラの両手に枷を嵌めてゆく。

「リット・リーラ」

そう言うと四方の松明の明かりが強くなった。
ぼっと勢い良く燃え火の粉を散らす。

「あ・・・あぁ・・・」
「さぁ仕置きの時間だ」


壁に掛けてある大きな剣を片手で掴む。
くるりと器用に一周回すとグリューラの肩に躊躇無く突き刺した。

「っぁあああああああぎゃああああああああ!!!」

じゃらんじゃらんと手枷が鳴る。
グリューラの低く落ち着いた声からは想像付かないほどの叫びが部屋に響き渡る。


両腕を枷によって封じられたグリューラは痛みのあまり意識を取り戻し暴れる。


菊代は恐怖でがたがたと震えていた。











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