深紅に染まりしはの籠











第四十八話


※とても残酷な描写があります。















「美味しかった」
「それはよう御座いました」
見た目は鮭のムニエルの様な物にスパイシーなソースが掛けられた物。
身は少し固く鯛のような味がした。

カラフルなサラダには魚介類の肉らしき何かが混ぜられていた。
魚介の肉らしき何かには味が付いておりドレッシングを掛けなくても美味しく頂けた。

春巻きの皮で様々な具材を巻き込み、焦げ目をつかせた物も美味だ。
中身は良く分からない物だが・・・。

ふわふわのパンはほんのり甘くてとても美味しい。
こちらの主食はヒュアが言っていた通りどうやら色々あるらしい。
パンや米。
一回だけだが麺もあった。
色が少し赤みがかっていたが味は一緒だった。
だが、季節によって違う、と言っていた。
しかし菊代はこの短期間で様々な物を食していた。

因みに使う食器道具はナイフとフォーク、スプーンが殆ど。
米や麺の時は箸も出てきた。

様々な料理が並べられていてどれも美味しいが・・・半分以上は残してしまう。
グリューラは日に日に痩せ細っていく菊代を心配そうに見つめている。



「植物類の料理は少ないのですね」
肉料理が多いことにも気がついた。
だからナイフとフォークを使うことが多いのだろう。
「はい。血と、肉となる食べ物を好む方が多いですから」
最初の方はとてもびくびくして菊代を怖がっていたがそれが少し緩和した。
それが嬉しいかよく分からない。
最近何だかぼんやりとして・・・感覚が鈍っている感じがする。



透明な器に盛られたデザートをテーブルにことりと置く。
ピンク色の真ん丸としたそれはまるで葡萄。

この国では食後にデザートが出るのだがそれは全てこういった果実が多い。
ケーキやクッキーのような物もあるがそれは茶請けとしてしか食べないらしい。
「これは?」
「チシークという果物で甘いながらも爽やかな後味で有名な果実です」
ちがう 甘いシーク?」
チは違うという意味。
シークは甘味や甘いという意味がある。
菊代は自然に口に出したものをこの国の言語に変えることができる。
辛いをスパイシーなど言うのと酷似している。
いつもは気にしなかったが、ふと気になった。
勿論、今まで習った言語も喋れる。
意識を向ける先を少しだけ変えるだけで違う言葉を喋れる。
あの2人もこんな感じだったのかと思った。



「甘過ぎないという意味でつけられたと言われています」
「なるほど、これはこのまま食べられるのですか?」
「はい」
「・・・甘い。でも・・・丁度良い」
薄い皮に歯を立てればぷつりと裂けそこから甘い汁が溢れる。
葡萄のようなそれは色が違えば味も違う。
桃のような濃厚な甘い香の中にグレープフルーツのような後味。
ただグレープフルーツの苦味はまったく無い。
初めての味に驚きつつも美味しさに次から次へと頬張る。

「美味しいです」
「よう御座いました」
空の食器を素早く片付けてテーブルを拭くと礼をして退室していった。
菊代は息を細く吐きながらソファに身を沈める。
ちょっと食べ過ぎた感じがする。



苦しいお腹を擦っているとノックの音がした。

「はい」
グリューラかなと思った菊代は返事をして後ろを振り返る。
最初は濃紺の服しか見えなかった。
嫌な予感が全身を駆け巡り唇が戦慄く。
いつの間にそこに居たのか。

大嫌いな笑みを浮かべたクェルがそこに立って彼女を見下ろしていた。








「・・・・・」
息が苦しくなってちかちかと白い光が瞬く。
汗が噴出し背骨に沿って滴り落ちる。
後ろを振り返ったまま硬直する。

忘れたくても忘れられないあの記憶。
思い出すと正常ではいられなくなるから無理やり押さえ込んでいた記憶が溢れて止まらない。
「ひ・・・・ぃ・・・・・あああああああああああ!」
「あぁ・・良いね。実に・・・・よい」
恍惚とした表情で悲痛な声に耳を傾ける。
薄っすらと開けていた瞳はいつのまにか爛々と輝き、長い腕が菊代の腕を掴む。

「!!」

力強く握られて体が強張る。

恐怖を煽るかのようにゆっくりと引っ張りソファから引き摺り落とす。
ごつんと膝が床に当たり痛んだが、視線はクェルから逸らせない。
今日は腰に剣を佩いていない。

何を・・・何をされるのかと恐怖で意識が飛びそうな中考える。


徐に懐に手を入れると小さなナイフを取り出した。
柄が木で作られたそれは装飾品のような優美さは欠片もない。
ただ切る為だけに作られた価値の低いナイフ。

短いそれをしっかりと握りなおすとにっこりと笑った。
その笑顔に気をとられていると掴まれている腕から衝撃を感じた。
その部分が熱を持ち、鈍痛と生暖かい液体が溢れる気色悪い感じ。

反射的に視線をやると激しい痛みで叫び声をあげる。
こういった大きな傷は最初はあまり痛くない。
傷を自覚してからが痛いのだ。

真赤に染まっているそこは衣服が破れ、下に隠れていた白い肌をも赤く染め上げて生臭い錆びの匂いが漂う。

「やあああああああああああああ!!!ああああああああああああ!!!!」
片方の腕で、足でクェルを叩き、蹴り抵抗するがまったく効いていないよう。
抵抗しても無駄だと学習済みだが、何もしないままなどできない。
少しでも抗う。
頭を振った為血が髪の毛に付着し、毒々しい色に染まる。

「はなせっ!!!はなせえええええええええ!!!」
「やっと・・・傷が殆ど治ったからこれたよ。さぁ楽しもう」
「いやあああ!いやああああああ!!!」
手を離した途端逃げようとする菊代の背を勢い良く踏みつけて動けなくする。
踏まれたとき、ぱきと何かが折れる音と共に息が詰まる。
次の瞬間ずくんずくんと痛む肺辺り。
恐らく今ので肋骨が折れたのだろう。

「あぁ・・・すまない。君の体は柔らか過ぎるんで力加減が上手くできないんだ」
「ぁ・・・ぁ・・・ぃ・・・ぃ・・・・ぃぁ・・・・」
声にならず引き攣った、上ずった気持ち悪い声。
呼吸するだけで体の中が痛む。

涙が零れ落ち、床に落ちた自分の血と混じる。

(たすけ・・・たすけて・・・・!)


すとんと落ちたのは血に染まったナイフ。
それは掌を貫通し、床に刺さっていた。

「いあああああああっ・・・ぅ・・・・ぁぁぁあああ」
叫び声が反射的に出た。
その瞬間爆発するような痛みが駆け巡る。
声を出すと傷に響き余計に痛むが抑えられない。

痛みのせいで遠のきそうになる意識は結局この行為が終わり、クェルが満足して去って行った頃やっと途切れてくれた。
意識を失う前に見たのは赤く染まった床と切り傷だらけで無残な自分の腕だった。







次頁
   目次
inserted by FC2 system