深紅に染まりしはの籠











第四十七話



「・・・結局・・・」
ゆっくりと起き上がると体のあちこちから鈍い痛みを感じた。
体は重く気怠い。

あれからあまりの恐怖で一日中何も出来ずに居たが、それを見かねたグリューラがベットに菊代を寝かせたのだ。
あのままほうっておいたら床の上にずっと居ただろう。

そんなことをしたら治りきっていない傷が悪化するかもしれないし、彼女に良くない。
床は掃除がしやすいように石で出来ているためとても冷たく、ずっと座っていれば体を冷やすだろう。

ベットに寝かせたが、いつあの恐怖をまた味わうのかと思うと気が気で寝れなかった。
しかし、クェルは朝になっても現れず日が昇ったのを見ると何故か緊張が途切れ眠ってしまった。




この世界には時計が無い。
時間などは太陽の位置で分かるらしい。
そして、太陽の位置で一々名称が決まっている。
9時頃の太陽の位置はラーツ。
12時頃の真上に太陽が位置するのはクオーツ。
9時と12時の間には日本なら10時と11時の二つだが、この世界は3つ名称があり、9時寄りの場合はラ・ラーツ。
12時寄りの場合はラ・クオーツ、ラ・ラーツとラ・クオーツの間に位置するのはセリ・イーツと言うらしい。
だから、11時頃にお茶を持ってきて欲しかったら『ラ・クオーツにお茶をお願いします』と言う。
11時という言葉が無い。


もし曇っていたらどうするんですか?
と聞いたところ、大体空気や風の匂いや温度で分かるらしい。
そんな無茶な。





取り合えず着替えようとベットから降りる為足を伸ばしたそのとき。
踝から鋭い痛みが走り、背筋を走り抜けて脳髄へ沁み渡り一瞬ぼんやりと思考が霞む。
しかしまた一瞬で痛みのせいで敏感な部分が引きずり出されて強烈な痛みに襲われる。

あまりの痛みに声にならずに嗚咽のようなものを口から零して柔らかなベットの上で蹲る。


必死に耐えていると徐々に痛みは引き、呼吸も落ち着く。

改めてゆっくりと踝辺りを見るが傷が見当たらない。


蹲っていた体勢から両手を付き起き上がると枕元に鈴が置いてあるのに気づいた。


それを掴み自分が寝起きなのにも構わず必死に鈴を鳴らした。
チリリリンと小さく涼しげな音が鳴った。

直ぐにグリューラは現れてベットに近寄った。

「グ・・・グリューラさん!足が・・・踝辺りから激痛が・・・」
「・・・きっと中の傷が痛むのでしょう。直ぐに薬をお持ちいたします」
「お願いします」

グリューラが持ってきたのは飲み薬。
薄い紙に包まれていたそれを受け取り開くと真っ赤な粉末が見えた。
一見すると辛そうなそれは口に入れた瞬間筆舌に尽くし難い味で、兎に角不味かった。
苦いとか甘いとか辛いとか、そういう問題ではなく不味い。
しかも水を口の中に含んだ途端、水を吸った粉末はどろりとした物体となり、下の上に残る。
そのまま飲み込もうとしたが、粉末が水を沢山吸った為飲むに飲み込めなく、慌ててコップに入っていた水を全部飲み干してやっと薬を飲んだ。

「う・・・ぇ・・・・不味い・・・」
「も・・・申し訳ございません・・・。時間が経つと眠気がきます。その前にお食事をなされたほうが宜しいかと」
グリューラに二杯目の水を貰い、飲みながら説明を聞く。
水を飲んでもあの味とねっとりとした感触が残る。

「じゃあ・・・いただきます」
「直ぐに用意致します」
正直食欲はなかったが、必死な表情で訴えるグリューラを見て折れた。







テーブルに沢山の料理が並べられた。

菊代はグリューラの手を借りてベットから降りた。
今度は痛みが無かったが、手足の感覚が少しだけ鈍く感じられた。


「・・・美味しい」
薄いピンク色のスープ。
具材が何も入っていないそれは、コンソメスープの味がした。

しゃきしゃきとした甘い野菜のサラダに、さっくりとした衣の揚げ物は綺麗な小麦色。
美しく盛られたそれは焦げ茶色のソースが掛かっていてとても美味しそう。
食べてみると見た目通りのさくさくとした歯応え。
海老の味がする揚げ物の中身の色は何とも体に悪そうな赤紫だった。
中身の見た目は微妙だけど、味は絶品だった。


デザートはとてつもなく甘い真ん丸いフルーツだった。
殆ど透明なそれはゼリーのような見た目でスプーンで掬うと型崩れしてしまいそうだが触れてみると弾力がある。
味は葡萄なのだがとても甘くて味が濃くて美味しい。
葡萄より酸味が少ない。

菊代は葡萄が好きなのでぱくぱくとあっと言う間に食べてしまった。
大量に盛られていたのだが、綺麗に無くなっている。
食欲が湧かなかった菊代だが、さっぱりとした果物は別らしい。

それを見ていたグリューラはそっとお代わりのフルーツを置いてくれた。


「・・・ありがとうございます」
「い、いえっ」
頬を染めてはにかんだその表情。
柔らかい雰囲気に美しい白髪。
全てが美しく見えてグリューラは顔に血が上るのを感じた。











初めは王族にも匹敵・・・否、王族よりも高貴といわれる崇高なる存在の、この少女をあろうことか買い、主人の逸脱した趣味の糧にされると知ったときは戦慄した。
言い伝えによるとこの世界の人間ではなく、こちらの世界に来て数ヶ月経ってからその能力を開花させ力を揮うと言われている。
だが、その期間はとても曖昧ならしくいつ能力が開花しこの残虐な仕打ちに怒り、力を揮うか分からない。

この言い伝えは少なく、一介の侍女のグリューラには知っている事実が少なく、余計に不安を募らせる。
伝説となっている人物が今、目の前に実際に存在しているのだから。


とてつもなく驕り高く我侭な少女だと思った。
そんな高貴な人物に仕えるなんて・・・と恐怖した。
少しでも不興を買えば殺されると・・・そう思っていた。

しかし実際はとても優しく思いやりのある美しい少女。
近い色の人物は沢山居るがあそこまで純粋な色を宿した人物は初めて見た。
言い伝え通りの美しさに圧倒された。
確かに崇高されるのも頷ける。


そしてその優しい少女がこのまま主人のせいで死ぬなんて・・・あまりにも悲し過ぎた。
どうにかして・・・この屋敷から連れ出せないかと思っていた。


そして彼女の考えが当たっていれば・・・。


主人は通例ならば、壊れ掛けた少女を自身の手で壊す。
決して壊れてからではない。

壊れてしまうと、反応が皆無になってしまうからだ。
感情が無くなりそうだけれども、無くならない。
その絶妙なバランスを保ち、恐怖に震える少女から命を奪うことを一番の楽しみにしている。

しかし、その前にきっと・・・・・壊してしまうだろう。

あの方は聡い。
力に目覚め、自分を滅ぼす前に・・・と。




その前に・・・なんとしてでも・・・。




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