深紅に染まりしはの籠











第四十六話


自分に向かって伸ばされる手。
大きくてかさつき、所々が白くなっている手が徐々に大きくなる。
太い指の隙間から見えた表情はあの・・・厭らしい笑み。

安心を抱いていた笑顔が今は恐怖と嫌悪しか抱けない。


頭を掴まれひゅっと空を斬る音が聞こえてきた。
指の隙間から見えた、あの血に塗れた刀身が振り上げられ・・・。




「っ!!??」
布団を蹴っ飛ばして飛び起きる。
は、は、は、と短い呼吸を何度も繰り返す。
じっとりと嫌な汗が全身を濡らし、寝着を張り付かせて気持ち悪い。

「ぁ・・・・ぁぁ・・・」
声がとても掠れて喉がひりひりする。

胸元を強く握り締める。
かたかたと震えが止まらない。

「わ・・・わた・・・し・・・」

慌てて体を見るが、傷が無い。
あれだけの傷を負ったのなら包帯があちこちに巻かれていて痛みに苛まれる筈。
しかしどちらも無く、胸元を引っ張ってお腹や脇腹を見ても変化が無い。

「ひ・・・ぎ・・・ああああああああああっ!」

ちらりと過ぎった記憶の断片。
それらは次々に欠片を集めて穴だらけだった記憶を纏める。

そして蘇る死ぬより辛い・・・・地獄の様な悪夢。



爪を立てて頭を抱え込み、蹲る。
大きく開かれた口からは喘ぎ声が漏れる。

四肢は強張り体が震え、悪夢から逃げるためか思考が白濁する。


「っは・・・はぁ・・・・はぁ」

突然体の力が抜けてベットに倒れる。
視界に映った部屋はいつも通りで血で染め上げられた筈の床も綺麗に磨かれている。

しかし、目を良く凝らしてみると・・・床に僅かだが窪みの様な疵があった。

それはきっと・・・。



「!!!!に・・・逃げなきゃ・・・逃げなきゃ!!」
こんなところに居たら何をされるか分からない。

自分の膝の辺りでくしゃくしゃになっていた布団を蹴っ飛ばすと履物も履かずに冷たい床の上を走り、窓に近寄る。
鍵らしき物が無いか確認するが、それが無い為、押したり叩いたりしたが窓が開く気配は無い。
それはそうだろう。
この窓は嵌め込み式の窓なのだから。

全ての窓を試してみたが、どれも結果は同じ。
それにもし開いたとしてもここは二階。
しかもどうやらこの世界の物は全て大きい。
扉の大きさやノブの位置の高さ。
何もかもが菊代が知っている物よりも大きく高い。
飛び降りるとしても死にはしないだろうが、怪我をしないとは限らない高さ。
それに、屋敷の周囲を囲んでいる塀も高く、まず脱走は無理だろう。

それにここから逃げ出したとしても誰に頼る?


部屋から出られないのだと分かると、その場に座り込んだ。





俯き茫然としていると控えめにドアを叩く音が聞こえた。
その音にさえも過敏になり体をびくりと揺らす。

「は・・・い・・・・」

小さな返事でしかも部屋の奥に居たので聞こえたかは定かではないが、扉がゆっくりと開かれたのを見ると聞こえたのだろう。
まさかクェルが・・・!?

身を強張らせて震える。

だが姿を現したのは侍女のグリューラで、礼をすると静かに菊代に歩み寄った。


「大丈夫でございますか?お食事の準備が整っておりますが・・・」
「・・・食べる気が・・・しません・・・水を・・・水だけ貰いたいです」
「畏まりました」




菊代は立ち上がるとふらふらとソファに近寄り、全身の力を抜いた。
必然的に体はソファに沈み、バネが軋む。
無気力で、ぼんやりとしていると扉が開き、水差しとコップを持ったグリューラが現れた。

テーブルの上にコップを置くと水を注ぐ。
コップを差し出してくれたのでそれを受け取り口に含む。

冷たく、ひんやりとした液体が喉を滑り落ちる。


はぁ・・・と息を吐くとコップをテーブルに戻し、ソファに背を預けて俯いた。

「・・・あれは・・・あれは何なんですか・・・」
自分の膝辺りを眺める。
手が・・・震えていた。
「・・・」
「教えてください。何で・・・あんなことを。それに傷が・・・無いんですけど・・・」
ちらりと自身の体を見る。
痛みも何も無い。

こんなのはおかしい。

「・・・旦那様は高位の軍人で、実績も上げておられました。しかし・・・旦那様には一つだけ・・・許されない行為に魅入られていました」
「・・・・・・」
「・・・それが、若い女子を・・・斬り刻むという・・・。
旦那様は若い頃からその行為を止められずに、公務でも無駄な殺生を行っていました。
そしてとうとうあまりにも殺生の数が多く・・・やり方があまりに惨過ぎるので、軍から退位させられました。
しかし高位であられた旦那様は給料が良く、若い頃は殆どお金を使うことが無かったので、その莫大なお金で美しい少女を買い・・・
行為を続けているのです」
「っ・・・・」
息を呑み、体を硬直させる。
グリューラの口ぶりからして・・・菊代が初めてでは無いらしい。

「旦那様は高位の軍人であられ、実力もありました。中でも治癒の術に関しては特に秀でておられました。
なので、傷も癒せることができたのです。しかし、術にも限界があります。痛みを感じられないかもしれませんが、体の中にはまだ癒えていない傷もあります。
そしてあれから丸々二日は寝ていたのです」
「・・・え?そうだったのですか・・・?」
「はい。なので安静にしておられてくださいませ」
「・・・はい・・・・・・・あの」
「はい」
「・・・・これって・・・どのくらいの頻度で・・・行われるんですか?」
「・・・申し訳ございませんが、それは私にもわからないのです・・・旦那様の気分なので」
「・・・・・どのくらい・・・これは続くんですか?」
「・・・クェル様の気分次第でございます」
視線を下に逸らし、からからに乾く口内。
水を一口飲んでから口を開いた。
「・・・女の子の末路は?」
「・・・それはお答え・・・できません」
「そ・・・んな・・・」
「申し訳御座いませんっ・・・申し訳御座いませんっ・・・」
手で顔を覆い、震える声で何度も謝り続けた。
菊代の瞳は何も捉えていなく、絶望的なその言葉が何度も脳内で繰り返された。











あとがき

実は、術だけでは傷を癒せないので、特別な薬も使っております
ちなみにこの術は魔術とはちょっと違います

クェルは白い美しい肌に傷をつけるのが好きなんです。
だから中の再生よりも外の再生の術に秀でているんです。
好きなものの為の手段を特技にしたということですね。
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