深紅に染まりしはの籠











第四十五話



※とても残酷な描写があります。













この屋敷に来てから一週間は過ぎた。
何不自由なく菊代は快適に過ごしていた。


文字が読めるようになり、暇な時間ができた菊代はグリューラに本を用意してもらった。
本を用意してもらうとき、グリューラは吃驚していた。
何でも、この世界でいう本は庶民の娯楽らしく高貴な人物はあまり読まないらしい。
専門書や資料などは読むらしいが、物語などは読むことは殆ど無いらしい。
そんなことを聞いて吃驚したが、読書が好きな菊代は一日を本を読むことに費やした。

寝る前には幻想的な月を飽くことなくずっと眺める。
その光を浴びているだけで、すっと体が・・・気持ち良い。


食後の余った時間には物語を読むのが習慣になっており、続きを読んでいた。

コンコン


「はい、どうぞ」
この部屋に来るのは二人しかいない。
一人は侍女のグリューラで、彼女は基本菊代が呼ばない限り入室しない。
するとしてもノックの後に名前を述べ、入室の可否を聞く。

もう一人はこの屋敷の主人、クェル。
彼は時折この部屋に現れて数分雑談すると帰っていく。
ノックの後に名前を述べないのできっとクェルだろう。

読んでいた本に栞を挟みテーブルの上に置く。

いつも通り静かに入室した彼は優しい笑みを浮かべてやってきた。

「こんばんは」
「こんばんは・・・・・・どうしたんですか?」
普段なら菊代の向い側にある一人掛けのソファに座るのに今日は入口付近で立ったまま動かない。
菊代が首を傾けるとクェルは手招きをした。

立ち上がるとクェルの前に行く。
クェルは背が高いので少しだけ目線を上にする。
そういえばクェルはとても背が高く体付きが良い。

にこにことしたまま立っていることに不思議に思っているとクェルは自身の腰にあった柄を掴む。

「・・・え」
「あぁ・・・もう我慢の限界なんだ。楽しんでもいいだろう?」

本当に微かな掠れる音と共に鈍色の刀身が現れた。
テレビの向こうでしか見たことの無い洋風の剣。

「・・・・え・・・」
一歩後ろに下がる。

「怖がらなくても大丈夫。殺しはしないよ」
ゆっくりと刃の先を菊代に向けると口角を奇妙なほど釣り上げる。


ぞくりと悪寒が全身を走り抜けて汗が吹き出る。
何時の間にか固く握られていた掌は汗で濡れていた。

一歩後ろに下がるとクェルが一歩足を踏み出す。

脳みそがぐらぐらと揺れているのではないかと思うほどの、眩暈を感じる。

「でも・・・まぁ・・・怖がられたほうが楽しいけどね」
「・・・っ・・・いやぁ!」

剣を振り上げた瞬間、言葉に出来ないほどの恐怖がぬるりと体を這う。
足から体の中心に向かって冷えていくような感覚で、頭の中が一瞬真っ白くなった。
反射的に逃げようと背を向ける。

しかし後ろを振り向いた瞬間、二の腕辺りを切られたのか、激しい衝撃に襲われそのまま倒れる。

「う・・・ぇ・・・・・・・血?」


何が起きたのか理解ができなかった。


目に入った左の二の腕。
そこは真っ赤な生温かい液体で濡れていて、洋服を赤く染め上げていた。
「ひっ・・いやぁああああ!」
傷を見ると怪我をしたことを実感したせいか、痛みが駈ける。
ずくずくと酷く痛む腕。
半狂乱になったかの様に自分の物とは思えない叫び声を上げる。
生理的な涙が頬を伝い床を濡らした。

「あぁ・・・ああ・・・いいっ!これを待っていたんだ!!」

クェルから逃げようと何とか立ち上がった菊代を嘲笑うかの如く、数歩で距離を縮めると今度は脇腹を切り裂いた。
ぶちぶちと肉が裂ける音が・・・。


床が己の鉄錆臭い血で濡れる。
自分の体が赤く染まる。


どくどくと心臓が壊れそうなほど脈打っている。




どうして

何で

どうなってるの


そんな疑問が浮かんだと同時に左腕を掴まれる。
体にある二つの傷から味わった事の無い痛みを感じて悲鳴を上げる。

その悲鳴を聞いたクェルは恍惚とした表情を浮かべると掌に力を入れて菊代の体を投げ飛ばした。

「!!??っかはっ!」


背中から派手に転び、息が一瞬詰まる。
無意識のうちに傷を庇ったのと突然のことで変な体勢で倒れたので腰と足首が痛む。


仰向けのまま、痛みや彼の変貌ぶりで動けないで居るとゆっくりとクェルが歩み寄る。
焦らすかのように態とゆっくりとした動作で足を上げると、菊代の右腕の肘辺りを踏み固定する。
強く踏まれ、痛い。


「い・・・いやぁあああああ!!やぁああああああああああ!!!」

ヒュア君。
ルル。
痛い。
赤。
怖い。
血。
嫌だ。
助けて。
何で。
死。


意味を付随されない無意味な言葉が沢山思い浮かぶ。


錯乱状態で叫びを上げてじたばたと藻掻く。
しかし腕を踏んでいる力は強く意味を成さない。

剣を菊代の顔の上辺りで止めると、勢い良く下に下ろした。

「!!??ぎ・・・ぎゃあああああああああああああ!!」
「人は苦痛を与えられると大抵二通りの反応を示すんだ。歯を食いしばり声を洩らさないか・・・泣き叫ぶか・・・後者で良かった」

目の横にすぐ迫る血で染まった剣。
肩を貫通し、血飛沫が菊代の顔を濡らした。

喉が嗄れる程の声量で叫ぶ。


「やめっ・・・やめぇぇええええええ!!!」
「いいね。実に・・・良い」
「う・・・・・・・あ・・・あぁあああああああああっ!!」
ゆっくりと肩に刺さった剣を抜くと剣に触れている肉が引っ張られる激痛に泣き叫ぶ。

いっそのこと死なせてくれればいいのに。
そう思いながらあまりの痛みに意識を手放した。











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