深紅に染まりしはの籠











第四十二話


隣で嬉しそうに笑っている男の名前はクェルと言うらしい。
先ほど教えてくれた。




ずっと俯いたまま揺られること1時間程。
時計が無いので正確な時間は分からないが、長く感じられたのは事実だ。

思ったより揺れる車内で、あまり柔らかく無いソファに座っているとお尻と腰が痛くなった。






ずっと、色んなことを考えていた。


明らかにおかしいこの世界。

着ている衣装も、この馬車も、部屋の作りも全て。

ちらりと隣を盗み見ると、こちらを見ていたクェルの薄い緑色の瞳と合う。
慌てて視線を逸らすとクス、と笑い声が頭上から聞こえてきた。


顔立ちも日本人ではない。
でも、外国人ほど彫が深いわけでは無いが、ちょっとクセのある顔立ち。
どこかで・・・否、毎日見たあの子達に似ている・・・。

もしかして・・・。

(・・・私、ヒュア君の世界に?)

あまりに突拍子のない話だが、もうこの周りにある存在全ての方がありえなさ過ぎる。
それに実際に菊代の世界に二人は来ている。
その二人と関わりを持った私が今度は逆に・・・その世界に行ったと考えるのが妥当と思えてきた。

そう思いたいだけなのかもしれないが。



顔立ちはまったく似ていない。
もっとヒュアとルルの顔の方が整っている。

たが雰囲気がとても似ていた。
ヒュアやルルが最初着ていた洋服も。


この人は良い人・・・そうだし、話せば何か分かるかもしれない。
ヒュア達は王族と言ってたし・・・。

菊代は無意識のうちに仄かな生気が体に宿ったことに気付かなかった。
期待ともとれるそれは菊代に生命力を与えたのだ。



色々考え過ぎて、緊張と不安で気持ち悪くなってきた頃、漸く馬車の揺れが治まり目的の場所へ着いたのかクェルが立ち上がる。

「どうぞ」
さっとドアを開き先に下りると恭しく手を差し出す。

菊代はゆっくりと立ち上がり、手袋に包まれたクェルの手に自身の手を乗せると軽く握られた。
引かれる様にして降りると石の冷たさが足の裏から伝わり鳥肌が立った。

下に向けていた視線を正面に戻すと目の前には大きな玄関があった。
半円を描くその扉はとても大きく、菊代がどんなにジャンプをしても指先が掠りもしないだろう。

すっと、視線を滑らせる。
とても大きく、まさに中世の世界の貴族の邸という言葉がぴったり。

邸の前は広々と開けていて芝生が敷かれている。
後ろを振り返り目を凝らすと、屋敷の周りをぐるりと囲んでいる牆壁が暗闇の中、白く浮いていた。


沢山の窓にバルコニー。
明かりがついているものもあれば真っ暗なのもあった。


茫然と眺めていると扉が開く。


そこから見えたのはずらりと整列した侍女と執事。
白黒の制服に身を包んでいる。
スカートは長いのかと思われたが、膝より下位の長さで少し驚いた。
もっと引き摺る程長いと思ってたからだ。

頭を垂れて男は腰の後ろに両腕を、女は頭を垂れ右斜め下を向き、右手を左腕の肘に、左手を右腕の肘を添え、臍の前辺りにその両腕を置いたまま状態のまま微動だしない。

男女とも明るい金髪や茶色に青やピンクまで様々な色の頭髪。
そこに立っているだけで華やかにさせてくれる。


頭上には大きなシャンデリアが吊り下げられていてきらきらと光輝いている。
思ったより明るい屋敷内部。

目の前にはこれまた大きな階段があり、二階へと続いている。
映画の中に来てしまったみたいだ。

「履物はよい」
クェルに近づいた一人の男にそう言うと菊代の手を引く。
手を引かれるままその階段を上る。


菊代は邸に気を取られていて気付かなかった。


並んでいた者たちが皆冷や汗を掻き、顔を真っ青に染め、震えていたことに。












「さぁ、ここが君の部屋。寛いでくれたまえ」
「あ、ありがとうございます」
反射的に礼を言うと、薬を飲まされてから数時間経ったのか声が滑らかに出た。
驚いて喉元に手をやる。
クェルはにこ、と笑うと静かに退室した。


一人になったことでほっと、息を吐く。
緊張が解けたのか、胃の底から湧き上がる気持ち悪さに気付きふらつく。


取り合えず部屋の隅に置いてあったソファに崩れるように座るともう一度息を長く吐く。

瞳を閉じて数分そうしていると大分楽になった。
ゆっくりと瞳を開けるとソファに座り直し部屋を見渡す。

通された部屋は自分の部屋の倍はある広々とした部屋。
落ち着いた色でまとめられた調度品の数々はアンティークと言われるような品物。

天井は高く玄関ほどまではないが小さくシンプルなシャンデリアが2つ吊るされ部屋を明るく照らしている。

入り口の直ぐ傍、菊代が座っている壁の反対側には大きなベットがどんと置いてある。
所謂お姫様ベット・・・という物ではなく緩やかな曲線を描き草花を表した様なアイアンベットで天蓋は無い。
ベットは良く見ると脚が長く、菊代の部屋にあるものよりも数センチ高く見えた。

壁には茶色い額縁の風景画が飾られていた。
青と緑が混ざり合っている。
池か湖だろうか?

部屋の奥の隅には腕と足をくねらせて変なポーズをした女の人の彫刻が置かれている。

部屋の中央はがらんとしていて、物が一切無い。
家具などは全部壁に寄せてある。



大きな出窓の横にはドレッサーがあり、鏡を見ると見知らぬ女性と目が合った。
驚いて辺りを見渡すが・・・勿論誰も居ない。

恐る恐るもう一度鏡を見てみるとやはり先ほどの女性がこちらを不安そうに見ていた。


「・・・え」

立ち上がり、近づいて良く見る。
鏡に近づけば近づくほど女性は大きくなり自分とそっくりな顔がそこにあった。

否、そっくりではなく自分の顔があった。
ただ頭髪の色が正反対で自分とは認識できなかった。


「え・・・え!?何で!?・・・髪が・・・」

良く見てみると髪の毛の色が真っ白になっていた。
光を反射すると銀色にも見えるが、どう見ても・・・白髪(はくはつ)。

自分の髪の毛を一房掴み、直に見てみるがやはり白い。


髪の毛の色が違うとこうまで印象が違うのか。

そういえばあの道化師が白き髪・・・とか言っていたような。
あの時は少しも余裕が無かったから気づかなかった。

どこか冷たく、この世の者ではない印象を与える自分の容姿をぼんやりと眺める。
眉も睫も白い。
腕の毛も見ると白くなっていた。

変な感じ・・・と眺めていると扉をノックする音が聞こえた。

「?はい」

何となく返事をし振り返ると、失礼しますと一人の侍女が現れた。

年の頃は40代前半程度。
赤みが強い茶髪に同じ色の瞳。

薄く刻まれた皺と虚ろな瞳が相俟って薄幸の印象が強く残る。


「聖女様の世話役をさせていただきます、グリューラと申します」
「聖女様・・・?あぁ・・・なるほど」

ヒュアが前言っていた。
ヒュアの世界には本当に極稀に異世界から人が現れ、類稀なる力を発揮したらしい。
その人物達には必ず黒と白を身に宿していたことから、白と黒は聖色と言って尊い色なのだ。
きっと自分は尊い存在だと思われているのだろう。

この文化があるということは、きっとヒュアの国。
それかその隣国だろう。
同じ空の下に2人が居るという確信を持った菊代は瞳を輝かせた


「ご所望の物がありましたらなんなりとお申し付け下さいませ。本来なら聖女様には侍女を100人与えても少ないほどですが、暫しの間は私一人でお許し下さいませ」
「ひゃ・・・百人・・・。大丈夫です一人で十分過ぎます。・・・・一つ聞きたいのですが宜しいですか?」
「なんなりと」
ゆっくりと言っているが声が震えているのは隠しようが無い。
声と同様に臍辺りで握られている拳が震えているのも。

菊代はそれを無視して話を続けた。
「この国は・・・ウエルと言う国ですか?」
「然様で御座います。ウエルの最南端の都市、スフィヂで御座います」
「!じゃあ・・・・・・この国の王子の名前は?」
ごくりと生唾を飲み込んでゆっくりと言葉を紡ぐ。
きっと・・・きっと・・・・。


「王子ですか?まだ生まれていませんが今年、王妃様が御懐妊なされましたよ」
「え・・・じゃ・・・じゃあ、元帥の名前は!?」
「元帥様ですか?確か・・・リィンラグート様では御座いませんでしょうか?」
国名が当たったとき体全体が熱くなり高揚感に包まれ、きっとヒュアツィンテという名を言ってくれるだろうと確信して質問した。
しかし望みに反して別の名が出たと同時に目の前が真っ暗になった。




リィンラグート・・・知らない・・・そんな人物・・・・知らない。



体の力が抜けて、すとんと座り込む。

これだけが頼りの綱だったのに。




「!?も、もうしわけございません!!お許し下さいませっ!」

その姿を見てどう捉えたのか、グリューラは頭を擦り付ける勢いで土下座をした。
ただ、手は頭の前ではなく腹の上に添えられて。

がちがちと歯を鳴らし真っ青な表情で何度も頭を下げる。
頭と床がぶつかる度に鳴る音がとても痛々しかった。

「あ・・・ごめんなさい、大丈夫だから。顔を上げてくださいっ」

こんな扱いをされたことのない菊代は慌てて膝をついて、その女性の肩に触れる。
触れた瞬間、体を強張らせたのが指の先から感じ取れて悲しくなった。
そして、思い出す。

拒絶される怖さを。


「・・・もう、いいですから。どうか顔を上げてください」

もう色々なことがありすぎて正直何もしたくない。
突然見知らぬ世界に連れてこられてきっと二人の世界だと思ったのに、その本人は居ないし。
何かの間違いだと、そう思いたいが精神的にも身体的にも・・・限界だ。


「大丈夫ですから・・・ね?」
「あ、ありがとうございますっ!」
「あの・・・すみません、お風呂って入れますか?」
「はい。直ぐに用意致します」
立ち上がると、部屋のベットの傍の扉の向こうへ入っていった。
きっとその部屋に風呂があるのだろう。


ふと、窓の向こうを見ると青みがかった月が広い庭をぼんやりと照らしていた。


風があるのか、梢が揺れているのが見える。

ざわりと何故か鳥肌が立つ。


「・・・大丈夫。大丈夫」

むき出しの腕を擦ると自分自身に暗示を掛けるように小さく呟いた。








あとがき


徐々にではなく、突然分かりましたね。
しかも髪の毛の色が白に・・・。
しらがとも読みますが、ちょっと悲しいのではくはつと読んで上げてください(苦笑
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