深紅に染まりしはの籠











第四十一話


茫然と終わりを告げる声を聞いていたら突然あの赤い布を掛けられた。
そして、ごろごろと暫く移動していると、明るい部屋に出たのか布の色が明るくなった。
布の一部が持ち上げられて、よれよれの洋服を着たみずぼらしい恰好の男が籠についていた鍵を開ける。
目が合うとさっと逸らして俯いたまま中へ入る。

鍵を外した男は菊代に近づくと両の手を掴み、枷を付ける。

「・・・っ」
怖くて、固まっていると今度は足の枷に付いてあった鍵を外し枷を外した。
その手は震えていて額には汗が浮いていて短く刈られ丸出しの額がてらてらと光っていた。

「出ろ」

そう言われたので立ち上がり小さな扉から外に出る。
色褪せたベージュ色の壁。
四隅に使い古されて傷だらけのみずぼらしい机と椅子があるだけの質素な部屋。
窓は無くどこか息苦しい感じがする部屋だ。
そこにはあの牢で見た黒いスーツの様な者を纏った人物が厭らしい笑顔を浮かべて立っていた。

にたにたと笑いながらすっと菊代に近づくとその頬を皺が無数に刻まれている手で撫でた。
頬に掛かる臭い吐息、気持ち悪く蠢く手に嫌悪感を覚え肌が粟立つ。
人と話すときは目をじっと見て話すのが普通だが、どうしても目を合わせたくなくて右斜め下を見つめる。

「ごめんねぇ?叫ばれると困るんで薬で声を出させなくさせてしまった。
なぁに、ものの数時間もあれば元に戻るから心配しなくて大丈夫だよ。
さ、付いておいで」

頬を撫でていた手が首、背中を伝い腰に回される。

そっと押されるとそのまま歩き出した。




あの鍵を開けた男は付いてこない。
薄暗い石畳の廊下をぺたぺたと歩いていく。
等間隔で小さな松明が壁に掛けられていて廊下を照らしている。
時折現れる扉からは必ず呻き声や鳴き声が聞こえて菊代は震えた。

「あぁ・・・いい商品が手に入った・・・だが、本当に口惜しい」
舌なめずりをすると菊代の頭から爪先まで舐める様に眺める。
「この驚くほど柔らかく緩やかな曲線を描く肢体・・・褥で共に出来たらさぞかし至福だろうなぁ・・・」
ゆっくりと手が下に下りて菊代の豊満な尻を撫でる。
「・・・っ」
下着を身に着けてない為余計手の感触が直に伝わり気持ち悪い。

『褥を共にする』
その言葉が意味するのは、つまり、体を交えるということ。
菊代は尻を撫でられたのも相俟って、顔が青褪める。

数分男の執拗に触ってくる手に耐えてると大きな扉の前に出た。
器用に片手だけで鍵を懐から出し扉を開ける。

すると、そこは外らしく緑の木々が茂っているちょっとした広場になっていた。
時刻は夜らしく、しっとりとした闇がそこにあり、冷たい風が吹いた。
あまり暗くないのは夜空にある大きな青みがかった月のお蔭だろう。
地球で見た満月よりも一回りほど大きく明るい。
月の周りに散らばる無数の星もまた美しくまるで宝石の様にキラキラと輝いている。
いつまでもこの幻想的な風景を目に留めたかったが腰に回されている腕に阻害された。

腰に回されていた手が背中に留まる。
そっと押されると堅い地面を踏みしめた。
裸足なので直に土の感触が伝わる。

広場の隅に、絵本の中の様な馬車が止まっていてその直ぐ隣に暗闇に紛れる様に一人の男が立っていた。
菊代たちに気付いたのか近づく。
「この度は我が商会の商品を買って下さり誠に有難う御座います!そのまま直ぐにお持ちとのことでしたので、早速持って参りました」
菊代から一歩下がると恭しく頭を下げ嬉しそうに喋る。

「では頂いて行く。支払いは済ませた」
「ありがとうございます!ささ、商品を受け取りください」

がっしりとした体躯に長身の男。
月明かりで照らされた顔には優しい微笑が浮かんでいた。

この商会の男とは正反対のほっとする笑顔。

「さぁおいで?」

優しく菊代の腕を取るとゆっくりと歩き出す。
手を取られたときに枷が重重しい音を立てた。

ブルルルと馬が嘶いている。
馬の手綱を握っている男と目が合うとさっと逸らされる。
その顔は酷く怯えていたが菊代が気付くことは無かった。


がちゃりと馬車の扉を開けると、菊代を促す。

ちょっと狭い車内は二つの蝋燭が灯っており、蝋燭の周りのは透明な球状の何かが被されている。
ソファに座ると手触りの良い座布団が敷かれていて乗り心地はまぁまぁ良い。

現代社会の車と比べると大分堅いが。
だが石畳や鉄の上よりはマシだ。

男も乗ると扉を閉める。

「出せ」

そう言うとごとん、と振動で体が揺れた。

菊代の隣に座ると懐から鍵を出して手の枷を外してくれる。
ほっと息を吐き手首を擦る。

枷は結構重く腕が疲れていたのだ。


「可哀相に、もう大丈夫。心配しなくて平気だよ。私の屋敷は安全だからね」
頭を撫で和やかな笑顔を浮かべる。

菊代はもしかして良い人に買われたのかも、と安心した。





あとがき


二章初めてのあとがきですね。
この世界が2人が居る世界なのか・・・
それは徐々に明らかになってきます。
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