深紅に染まりしはの籠











第四十話



がやがやと騒がしい音で目が覚めた。
酷く痛む頭と重たい体。
吐き気もあることに気付いた菊代は口元に手をやり、ぼんやりと霞む視界で辺りをまた見渡した。


冷たくて硬い床だが何故か真っ黒い鉄だ。
四方を円を描くようにぐるりと並んでいる鉄格子も真っ黒。
たださっき見た鉄格子とは違い錆びてなく黒々と光沢があった。
まるで大きな鳥籠の様だ。

先ほど見た場所とは違う為、気絶していた時に運ばれたのだろう。

良く見ると手足には枷が無く自由に動かせる。
だがあまりの疲労感に行動をするほどの力は残っていない。

何処かでこの様な体験をした・・・その様に思ったがどうしても思い出せないし頭痛が酷くて考えるのをやめた。

真赤な布が掛けられているのか鉄格子の向こうはまるで血の様だ。
「・・・ぁ・・・・!?」
思わず愛おしい二人の名前を呼ぼうとしたら、声が出ない。
慌てて喉に手をやるが違和感は無い。

「ぅ・・・ぁ・・・・」

痛みも無くただ声が出ないだけ。
無理やり出そうとすると咳が出る。

(・・・そんな・・・もう・・・嫌だ)

俯くと先ほどとは違う、青いドレスの裾が目に入った。
少しざらついた生地のそれに指を這わせる。

いつの間に・・・と驚いていると赤い布越しに甲高い男の声が響いた。

「紳士淑女の皆様。今宵も始りました!」

その声が響くと、ぴたりと喧騒は静まる。
菊代は何が始るのだろうと、不安で胸が押しつぶされそうになりながらごくりと唾を飲み込む。


「本日入荷いたしましたばかりの新鮮な商品!美しい金髪に碧眼の少女。愛玩するも、奴隷にするのも貴方次第!」

大きな声で喋る男の声。
すると静かだったその場に先ほどまでではないが人々の話し声が聞こえる。


(・・・何?入荷って・・・新鮮な商品?愛玩?・・・奴隷!?)

何かが変だ。
この状況自体変だが、もっと危険な何かが・・・。
やばいと感じていると、ごろごろと車輪が回る重い音が直ぐ隣から聞こえた。


「その美しい少女の姿をとくと御覧あれ!」

その瞬間、ほぉと感嘆の声があちこちから漏れ、喧騒が大きくなる。


「開始価格は50ルク!さぁ!早い者勝ちですよ!」
鋭い笛の音が響くと喧騒はピークに達したのか、色んな声が混ざり合い五月蠅い。

ただ、どの声も・・・数字にルクとつけている。


察しの良い菊代はここで気付いた。


(これ・・・人身売買!?)

物語の中の話か、遠い国での話しか聞いたことのないそれが目の前にあると分かると、唯でさえ恐怖に苛まれていたのにそれ以上の恐怖と焦りに汗が滴り、呼吸が苦しくなる。
否定したい・・・だが否定できる要素が無い。

焦って鉄格子を思いっきり上下や左右に揺らしてみたがまったく動かない。
小さく音を立てるだけ。

(いやっ!!いやぁ!!)


一心不乱に鉄格子を揺らしていると、今度は己が居る床が動いたせいか、後ろに倒れる。

「ぅっ・・・」

背中を打ちつけたせいで息が一瞬止まる。


痛みに歯を食いしばっているとあの甲高い男の声が聞こえてきた。


「さぁさぁさぁさぁ!本日の大目玉商品!こんなに上等の商品は初めて!?
美しき白き髪!
まるで宝石のような黒き瞳!
我が商会がいち早く見つけた聖女!!
さぁ!その御姿を御覧あれ!!!」


ばさりと突然あの真赤な布が取られた。
暗闇からいきなり真っ白い光が射し、思わず目を瞑る。

まだ光に慣れていない為うっすらと瞳を開けると、そこは音楽や劇を鑑賞するホールのような場所だった。
目の前には座席がずらりと並んでいて数十人の男女が仮面を被りそこに居た。

菊代は目を見開いた。

薄暗いそこに座っている人達の衣装はどう見ても中世の貴族のなり。
茫然と煌びやかな衣装を纏っている人達を見ているとステージの隅に道化師のような恰好をした男性が声を張り上げている。
先ほどから五月蠅かったがその比ではない。
気持ちが昂ぶっているのか声にそれが出ている。

「開始価格は150ルク!それでは始めぇぇええい!」


「200ルク!」

「500ルクでどうだ!?」

「いいや!570ルク!!」

「9・・・920ルク・・・920ルクでどうじゃぁああ!」

びりびりと、空気が振動しているみたいだ。

あまりの不安さと怖さで、もう何がなんだかわからずに茫然と値段を競い合っている人たちを他人事のように見つめた。

「5000ルク」

その声が聞こえた途端。
ぴたりと喧騒が消えた。
しかし、まだ喋っている人はいるのか、辺りはざわめいている。

「5000ルク!5000ルクで良いですか!!??他の方はいらっしゃいませんか!!??」

あんなに値段を言っていた人たちが何も言わない。
それほど高い金額なのだろうか。
5000ルクってこの世界でどれくらいの金額なんだろう・・・。

「では終了価格!5000ルクで終わりにしたいと思います!後ほど商品をお届けしますので少々お待ち下さい!」

興奮しているのか、甲高く上擦った声で終わりを告げた。




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