深紅に染まりしはの籠











第三十九話


目を覚ますと頬や腕など、肌が露出している部分からひんやりと冷たく硬い感触を感じた。
ゆっくりと上体を起き上がらせると骨が軋み少し痛い。

辺りを見渡してみると、薄暗く狭いそこはテレビの向こう側でしか見たことの無い牢だった。
目を凝らして見ると自分が座っている部分は石畳。
通りで冷たく堅い訳だ。

畳み6帖程の広さの3面は石壁で正面は赤錆びた太い鉄格子が嵌められていた。
その向こう側の壁には松明があるのか赤い光が揺らめいている。

「え・・なに・・・これ・・・」


ついさっきまで居た筈の家の面影は微塵も無かった。
しかも良く見てみると自身が着ていた筈の洋服が、白いワンピースになっていた。
ふわりと広がる裾には繊細なレースが施らわれている。

首から腕は露出しているチューブトップ型のワンピース。
しかも、少しざらついたその生地の感触から察するに、下着類の物を身に着けていない。
ということは裸に薄いこのワンピース一枚だけの装いということだ。



動揺しながらもとりあえず落ち着けと露出し、ひんやりとした空気に触れている腕を擦りながら内心に訴える。
現実と掛け離れた風景に頭がぼんやりとしてふわふわする。

いけない。
こういうときこそ落ち着かなくてはいけない。


ゆっくりと息を吐くともう一度辺りを見渡してみる。
今はまだ寒さが辛い冬の筈。
こんな恰好をしてたら一発で風邪を引くだろう。
だが、少しばかり肌寒いだけで全然この恰好でも平気だ。
ということは冬ではないのだろう。


寝ただけでこんなに情景が変わるなんて。
しかも温度が変わるなんてありえない。

きっと・・いや、絶対ヒュアの世界だ。
確たる証拠は無かったが、確信はあった。

その事実に胸と目頭が熱くなる。
ただ、目覚めるのなら2人の傍が良かった。



時折人の声かどうかわからないが、何か唸るような小さな音が響いている。
とりあえずこの部屋から出ようと立ち上がり、鉄格子に近づこうとした。



じゃらん。


「え・・・」

何に足を引っ張られて、転ぶ。
堅い石の上に思いっきり転んで掌や膝が痛む。

転んだまま足首を見ると、真っ黒な鉄の輪が足首に嵌っていて、輪からは太い鎖が続いていて鎖の先には大きな黒い鉄球があった。

「なに・・・・こ・・・・れ・・・」

手を伸ばし触れてみると冷たく硬い。
動かそうと押してみるがびくともしない。

「なにこれ・・・」

暗闇に慣れてきたのか先程より良く見える鉄球を茫然と見ていると、こつこつと石畳を歩く音が聞こえた。

鉄格子の方を見てみると、暗闇に紛れるように二人の人間が立っていた。
一人は黒いスーツのような物を纏い、髪の毛を後ろに全て流して固めている中年程の男性。
太っているのか横幅がある。

もう一人は深い緑色の外套を頭から被り、全身が暗い色で纏められているが唯一外套を留める金具の鈍い光がちらりと見えた。
二人とも背がとても高く、肩幅や体付きが堅いので男だろう。
暗いのでよく見えないがそれだけは分かった。

その男のうち外套を纏った方の男が少しだけ屈み、鉄格子の隅で何かをする。
がちゃがちゃと鉄がぶつかり合う音が静かなこの牢に響く。
少しすると鍵が外れたような音がした。



錆び付いて、開けにくい鉄の扉を無理やり開けたような音と共に、牢の扉らしき物が開き外套を纏った男がその大きな体を縮め、扉をくぐり牢に入ってくる。
顔は外套のフードの陰になって見えない。

直ぐ傍まで男が来ると目の前で膝を付いて外套の切れ目から腕を伸ばしてくる。

「ひっ・・・・!」

菊代は怖くて体を縮め震える体を両の腕で抱き込む。
恐怖から逃れる為、瞳を強く瞑ると大きな手が菊代の頭を掴む感触がした。



ずぐん。



振動のような低い音が菊代の脳内を襲う。

それと共に、激しい痛み。

頭の中・・・思考をごちゃごちゃに掻き回され、大きな金槌で頭を叩かれるような痛み。


「あああああああああっ!!」

あまりの衝撃と痛みに閉じていた瞳はこれでもかというほど開き、大きく開けた口からは己のものとは思えない悲鳴が。

思わず自分の頭を握っている腕を掴み離させようとするが、まったく動かない。
今度は感覚が麻痺してきたように手足の感覚が無くなり、ふっと意識が飛んだ。
意識が無くなったことで崩れ落ちる様に倒れた体をその男は大切に抱き留め、そっとその場に寝かせた。






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